昭和41年050月6日 朝の御理解
(途中末尾切れ)
神様にお参りさして貰う。お参りすればお参りするがたのおかげが受けられる。お参りすればお参りするがたあると言う様な事を申します。皆さんとても、そこんところは体験しておられるだろうと思う。お参りすればお参りするがたやっぱりある。時間も潰しとお供え物をさして貰ったくらいの事じゃない。確かにお参りすればするがたある。これは余りに漠然とした、何かちょっと信心しよって、困った事でも起きて来るとそれで迷う様な事ではつまらん。
お参りすればお参りするだけある。けれども、それが何かに行き詰まるというかね、お参りさして頂きよっても、こげな事がある。と言う様な程度のものではいけん。そういう時でもぐらつかんでもすむか、迷わんでもよい様な確かな神様を頂いておかねばならん。為には、私は神様が私共をです、試さなければならない必要を感じなさることがあるです。それはもちろん神様の場合は、何処までも氏子に徳を与えたい、力を与えたい、おかげを与えたいという時ですね。
神様にお試しを受けるという、ですから神様が必要を感じなさる訳です。それをお試しとこういうわけです。神様にお試しを受ける。ですからお試しを受けた時、こちらが落第せんで済む様、ぐらつかんで済むおかげを受けるために、私共も又神様を試しておかねばいけない。そんな気が致しますね。まぁ不遜な表現ですけどやはりそうです。神様を試すなんてと言いますけれど、今申しますように、参りゃ参るがつある、あると言った様なものはある意味合で、神様を試すようなものね。
それは絶対なものではない。私共にやはり絶対のものを頂くために、いわゆる神様を試してみると言う様なものが私は必要だと思う。どうぞその辺の処を信心にならして頂きませんと失敗致しますですね。それは一つの道理ですから同じ様な事ですけれど、有田焼きの息子さんが、昔はあのおじょろうさんというのがありましたですね、まぁ心安うなさってねんごろになって、どうしてもその人が結婚という所までになった。所がその実家の方でそういうふらちな商売人を、家内に迎えるといったことはいかん。
どれだけお前にその打ち込んでいるか知らんけど、けれどもそれが本当に向こうが打ち込んで居るなら貰って呉るか、受け出してくれるかと、いうことになったらしいね。それでそこに一案を感じたのが、どうしても俺とお前が一緒にゃなれん、もうこの世に生きとっても望みはないから、一緒に私と死んで呉れんかと、心中を申しかけたわけですね。やっぱり女の人も一生懸命ですから、あたしもあなたに捨てられたら、この世に生きる望みもないのだから、今もう一緒に心中致しましょう。
じゃここでもう薬を持って来ておるから、だからこれを一服づつ飲めばですね、だからお互い書置きでも書いて、それを飲んだということです。ところがそれが相手を試す為のものですから、砂糖か何かだった訳です。相手の本心が心底が見えた。親御さん達もその為許されたと言う様な話なんです。如何に好きでございますというても口ばっかり、いよいよの時になったら逃げ出すと言う様なことでは、やはりおかげを受けられないとこう思うですよね。
これなんかはやはり試される場合、番町皿屋敷というお芝居がありますでしょう。あれはその女中のお菊と、そこの青山播磨でしたかね、やはり結婚問題、日頃卑しい女中だけれど貰うてもらうと、口約束はして下さるけれども、ほんとにそれだけの愛情があるのだろうかいうて、家宝の皿を割る訳なんです。それで播磨は申します、そのくらいの事は問題ではない。誰が何というてもよそから貰うたりはせん。お前とどうでもこうでも添い遂げてみせるといって二人が喜び合います。
喜び合うたその後に、実はあれは自分の不調法で割ったのではない、貴方の本心を見極める為にその割ったと言う所に、播磨が起こります。これだけの女を自分は命がけで思うておるのを恋しておるのに、自分のその思いを自分の恋心を踏みにじったというて、それこそ憎さか、可愛さあって憎さ百倍というて、無惨な殺しを致します。これがいわば試しで試し損ねた訳ですね。だから私達はほんとに難しい事を申しておりますね。神様がおかげ下さる事の為に、神様が試さなければならない必要を神様が感じなさる。
先ずだから、信心が進んで行けばいくほどに、お試しを受ける。時にです、ほんとに神様が命までもほんな事かというて、神様が命までいよいよほんならと、いう時に逃げ出すと言った様な事ではおかげは受けられぬと思う。お互いのいうならば、神様と私共とのほんとの信を、真というか愛情と愛情というか、それをお互いが確かめ合うて、いよいよお互いが頂き合うて、それからほんとのおかげが頂けれるのです。
というて、ほんなら試し合うて余りにその試し方をしておりますと、青山播磨じゃないですけれど、俺の愛情を踏みにじったというて、可愛さ余って憎さ百倍ということにもなりかねない。ここでほんとに一心を貫くもの、真のもの、それが自分だけのためのものではなくてです、これは愛情を獲得する為だけのものではなくてです、その為にも自分も同じ様なものが、なからねばならぬという事。
善導寺の教会に、渕上先生という熱心な総代さんが居られます。もう二十年からの信心でしょう。二十年来、朝参りを欠かされたことのない。どんな大暴風雨の時も、大洪水の時も、やはり参り続けられたという程の熱心な方です。毎朝参られます。草野から善導寺迄熱心自転車で、その方は大体、大橋小学校に勤めて居られる時分に胸を患われた。医者も見放した。その時そのもう自分を助けて下さる、神様か仏様がござるなら、どげな仏様神様でも拝むと、いう気持ちになる。
いわゆる溺れる者は藁をも掴むというのが、人間の心理ですから、自分を助すけて下さるといゃ何処の仏様でも、どげな神様でも参るけれど助からない、助かりそうもなかった。吉木に足手金神様という金神様があります。足手専門の神様ですよ。そこへその一心にお参りさして頂いて、お道の信心の事を聞かされた。渕上先生のところへお参りしますと神様がお祀りしてあってね、霊神様が祭ってある。そしてその横に玉串庵の高いのに、何時もその上にいつも榊が上てある。
私は一辺或時聞いたんですよ。先生こちらは何様を拝みよるとですか。それがいわくのあるとですたい。金光様を信心する前に、私は足手金神様を拝みよった。時に打ち向かうものが金光様の信心であった。そん時私が分からんから足手神様にね、私が分らんからお伺いをした。ほんとに金光様が、私を助けて下さるだけの力を持ってござる神様なら、私は金光様の信心をしたいと思う。これはもう助けて下さったら、一生掛けて、私がこの神様を頂き抜かして貰う。
だから参っていいもんか、いけないものか教えて下さい、というて何かこうまじないの様なことで、その試されたんです。ところが足金神様教えて下さる様に、もう必ず同じ事を見せられた。以来本気でそこん処が、渕上先生は素晴らしいところだと思うですね。確信されたんです。これは命を助けて下さる神様だ。助けて下さったら、一生涯自分の一生を例えば、朝参りなら朝参りを以て捧げようと、言う様な誓いを今も実行して居られるところが素晴らしいですね。
そう一心というものがあったからこそ、神様は頼まれてござるですね。ですから足手神様が私を金光様へお導き下さった恩人だと、いうて今も祀ってあります。中々いい所であると思いますね。だからちゃんとあの神様と霊神さまと、それから隅の方に足手金神さまをお祀りして、そこに玉串庵の上に、お榊がこうやってお供えしてございます。これはいつも。これは私を金光様にお導き下さった神様で、というわけですね。
試された。これは桂先生の御伝記にも、そう言う所がありましょうが。金光大神様、それはまぁきっときつね狸だろうと、皆んなが言うから狐、狸を試したい、試されておられます。そして数珠を持って奇数が出たらほんなものじゃない、偶数が出たらほんなもんだということを、十回続けて十回とも奇数か偶数かどっちか出たと、いよいよ間違いないと思われたのですけれど、もう一辺念の為と、十四回か十三回かなさった訳です。
ところが十三回が十三回とも、間違いないという神様のそれが出たわけなんです。それから打ち込んだ信心が出来られたんですね。ですからそれを何処までも、そういうひとつの一途なものが、例えば神様とても試されてもです、これに本当な事教えて行けば、これが一生涯そのよい信心になると言う様な、目指しが着いた時に、試された神様も嬉しゅうあんなさろうと、私は思うんですけれども、その辺が自分の我情我欲の為に試すと言った事では、本当なことじゃない。試し損ねる様なことがあってはならんですね。
番町皿屋敷になり兼ねないですね。お互いのいわば思いの限りというものをです、神様と私共とお互いのそこに、確かめ合うてこの氏子は間違い無い、この神様は絶対なものだと、お互いに確かめ合うそのくらいな、私は一つの一生懸命のものがあって、これは御無礼の事の様であるけれども、御無礼ではないと。その為に一生掛けて私の神様、この神様がおかげ頂かせきらん時は、何々様があるもんじゃけん、椛目でおかげ頂ききらん時は何処何処があるもんじゃから、そういう浮薄のものがあってです。
私はいけないけれど、そういう一途なものを以て、私の場合なら神様も許しなさるけれど、こっちも試してもいいと私は思う。私しやそう言う訳だけど試すなら、一生懸命のものがなからにゃいけない事です。これは私はそういう意味で、神様を試した事はないですけれど、試した結果になっとるですけれ、こういう試し方なら絶対危なげない間違い無い試し方だと思うから、聞きなされば知っておんなさる事でしょうけれども。
私が善導寺に一生懸命おかげ頂かせて貰うて、修行がいよいよ始まる頃です、例えば御大祭、記念祭と言う様なとにかく記念祭、大祭こと神様ごととあったら、実に見事におかげ頂いたという事実があるです。こんだ大祭だから、例えばこうい言う事をおかげ頂きたいとこう思う。その事を一心にお願いすれば、その事は間違いなくおかげ下さりよったんです。そしてこんだ私の事、自分の店の事どんなに一心にお願いしても、右と願えば左、左と願えば右と言う様な状態で、あの店を全部潰してしまったわけです。
こと神様ごととなると、本当に間違いなくおかげ下さるです。例えば御本部参拝というなら御本部参拝あぁいう中から、毎月月参り致しましたからね。あの頃の五百なんぼ要りました。それはその時の私の五百何ぼという金は大変な大金でした。けれどもそれこそあらゆるギリギリ迄には、何とかして神様がおかげ下さったと言う事です。こと神様の事、こと神様が喜んで下さる事の為の場合には、絶対おかげ見せて下さったという事。ところが私の事、私の店の事と言う様な、私的なお願いの場合はですね。
何時も右と願えば左、左と願えば右だった。そこで私は考えた。はぁ神様のお心に叶うことならば、こんなに間違いなくおかげ下さるものだなぁという事をいわば確かめた訳です。ですからこの事態がです、この事態が事であっても、この事態が素晴らしいものにさえなれば、こと神様事と同じ様に、おかげ下さるんだと言う所に、今でも申しております様に、信心は心一つなんだ、和賀心一つなんだという確信が出来たんです私は。自分の事の場合にはやはり不純なものがあった、我情があった我欲があった。
けどもこと神様事になればこと御本部参拝、こと御大祭と言った様な、神様事に限っては間違い無く神様がおかげ下さったという事実がある。それも神様がおかげを下さったらお参りする、御本部参拝しようお願いしとるけん、御大祭なら御大祭事にです、こんなお供えでもさして頂こう思うばってん、おかげ下さったらお供えする。そんな生優しいものではなかったということ。願いそのものがどうでもこうでも御本部参拝でも、もし旅費頂けなかったら歩いてでも参るという、一生懸命なものがあったという事。
又事実そうでした。私は。そんために御本部参拝を片道で参ったこともあります。帰りの汽車賃がなかったですから、それでもやっぱり帰りの時には、帰りの汽車賃を神様はお繰合わせ下さっておられます、キチッと。だからそういう一生懸命でのことで、神様がお試し下さる。これなら神様が喜んで下さるだろう、これならば間違い無い試し方であろう。私しゃ思うんです、
但しその中に根底に流れておるものが、中途半端なものでは駄目です。怪我します。怪我すると言うよりも、神様はいい加減なもんだというて、神様を確信することは出来ません。例えば御造営なら御造営、昨日も壮年部会の中で、色々今度の企画委員会総代会が一緒に八日にあるんです。その事を話会からでした、椛目であの二千五百万円、二千五百万円みんなが献納したいお供えしたいという額がそがしこ、弐千五百万円、弐千五百万円キッチリ集まっている。
だから皆さんが神様とお約束しただけは集まっとるかというと、そうじゃない。自分がこれだけお供えしたいと言った人、が半分も十分の一も出来ていない人がいくらもあるという事。それを実行しとるという人は、いくらも沢山もないという事。それでも額だけは二千五百万円あるという事は、ここからお下がりを頂いているからなんです。建築費ではない。してみると皆んなの神様と約束しているのと当てが合うとらんという事。そげな事で神様を試そうとしたらやり損なうです。
これだけは一心、石にしがみ付いてでも、どうでもこうでもと言った様なです、ものがなしにおかげ受けられません。だから本当の神様を確かめるなら試すなら、こういう御造営なら御造営といった時に、一番いい神様の間違いないお方だなぁと確信さして頂く為の、こよないチャンスだと私は思うです。けれどもその願いがです、今申します様な中途半端な事でおかげ下さったら、おかげ頂こうと言った様な事で試したって駄目です。
例えば御本部参拝さして頂きたい、と願ったならもし神様がおかげ下さらんならら歩いてでもと言った様なものがあったから、初めて神様が間違い無いところを見せて下さる。もう私共は御本部参拝といって、ちゃんと用意してから駅まで行っとります、御本部参拝の時なんかには、そいであぁ大坪さん、私がギリギリで参りよる事を、皆さん知っとりますから、おかげ頂きなさったですか、いろんな事がありました。あたしは駅まで来とる。神様がおかげ下さるから安心しとる。
しかしもし頂けん時には、私しゃ歩いてでん後から参りますけんのと言りいよました。一辺は旗持ちで参りました。お金がなかったもんですから、秋永先生があとでおかげ頂きました事がございました。私の旅費を、片道の時には帰りがけに片道のおかげ頂いておりました。ある方が奥城でお知らせを頂いた。そん時奥城に参り合わせたのは、秋永先生と北野の角満さんといって、北野の信者さんでした。今は息子さんが銀行に行っておられます。そすと久富正義さんだったでしょうか。
三人が奥城でそういうお知らせを頂いてからお互いが財布を出し合うたところが三人が持ておるお金を全部出し合わせると私の片道の旅費分でした。
(途中末尾切れ)